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スティーヴン・ホプキンス (SS Stephen Hopkins) は、第二次世界大戦時のアメリカのリバティ船。第二次世界大戦で最初に、水上戦でドイツ船を沈めたアメリカの船である。 スティーヴン・ホプキンスはカリフォルニア州リッチモンドの社 (Permanente Metals Corporation) で建造された。1942年4月14日進水。5月12日にスティーヴン・ホプキンスと命名された。船名はアメリカ独立宣言の署名者の一人、スティーブン・ホプキンスに由来する。 最初の貨物輸送は完了したが、スティーヴン・ホプキンスがアメリカに戻ることはなかった。1942年9月14日、スティーヴン・ホプキンスはケープタウンからオランダ領ギアナのパラマリボへ向けて出航した。9月27日朝、雨が降りだして視界が非常に悪くなっていた。そして突然雨がやみ、8時52分にスティーヴン・ホプキンスは、ドイツの仮装巡洋艦およびその支援船タンネンフェルス (Tannenfels) と遭遇した。互いに相手を発見した時、その距離はわずか3キロメートルしかなかった。 停戦命令に対してスティーヴン・ホプキンスは降伏を拒否し、スティアーは砲撃を始めた。スティーヴン・ホプキンスも1門の102mm砲などで反撃し、激しく短い戦闘の末、双方とも大破した。 スティーヴン・ホプキンスは10時に沈没した。大破したスティアーも2時間後に乗員によって処分された。スティーヴン・ホプキンスでは船長ポール・バック (Paul Buck) を含め42人が死亡し、生存者は31日間の救命ボートでの漂流後ブラジルにたどり着いた15人だけであった。 == 関連項目 == * - 仮装巡洋艦スティアーとリバティー船スタンバック・カルカッタ(Stanvac Calcutta)との戦闘記録 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「スティーヴン・ホプキンス (リバティ船)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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